高野三山と女人道

高野山の諸堂を取り囲む峰々を繋ぐと蓮の花が開いた形をしているといわれます。その中でも弘法大師廟のある奥の院を囲む摩尼山、楊柳山、転軸山は高野三山と称され、女人禁制で山内に立ち入ることのできなかった女性が辿ったこの尾根道が女人道です。開山から一千年余り、明治5年に解除されるまで(山内居住が認められるのは明治39年以降)女人禁制はつづき、御廟を拝みたいという信仰の心や、身内で出家した人をひと目見ようとの思いでこの険阻な道を辿ったのでしょう。このホームページでは便宜上、南海各駅で無料配布されている「南海そう快ハイキングMAP」を参考に、不動坂口女人堂から中の橋までを「女人道」、中の橋から高野三山を巡り不動坂口女人堂まで(前記MAPとは少しルートは異なります)を「高野三山(女人道)」として紹介していきます。

女人道高野山は高野の平原を取り囲む峰々を「蓮」の花になぞらえて「内八葉・外八葉」の二重の蓮の八葉(花弁)に見立てられました。その「外八葉」の峰々を巡るのが女人道です。ルートを辿ると蓮の花が見事に咲いたようですね。

高野山霊宝館「よもやま記 内八葉・外八葉について」

女人道(不動坂口女人堂〜弁天岳)

高野山への七つの主な道は高野七口(不動坂口、大門口、龍神口、相の浦口、大滝口、大峰口、黒河口)とよばれ女性はそこからは山内に入れず、各入口には女性のための籠り堂として女人堂が建っていました。現在は不動坂口以外は女人堂跡が残っているのみです。

女人道不動坂口女人堂。京大坂道を辿った女性はここを起点に7時間前後をかけて女人道を巡ったのでしょうか。

女人道女人堂の向かいのバス停の横から女人道は弁天岳へとつづきます。石の階段を上れば、しばらくは少し細いですが比較的歩き易い登山道が続きます。

女人道女人道にはこのような道標が至る所に設置されてまず道迷いの心配はありません。

女人道谷上女人堂跡からは急な登りがしばらくつづきます。

女人道弁財天の鳥居が見えてきたら、頂上の弁天岳(984.5m)です。

20分ほどで登り切れば弁財天が祭られてある少し広い台地で、ここからの展望は素晴らしく、金剛山脈から和泉山脈、その間にある凹みの紀見峠、その奥には河内周辺の市街、前面には紀ノ川流域に展開する市街地が手に取るような近さに見えます。遠くは、大阪湾から淡路島、和泉山脈が西に向かって大阪湾に飲み込まれていく様子も分かります。

女人道「高野山七弁天」のひとつ、嶽弁天(だけべんてん)

高野山霊宝館「よもやま記 高野山七弁天 嶽弁天」

女人道和泉山脈の南葛城山と麓の紀ノ川流域の町並みです。

女人道金剛山とその南尾根です。

女人道山並みの凹みは紀見峠です。

弁天岳〜大門

弁天岳から大門へと下る途中左手下には根本大塔も見え、展望も開ける尾根道です。大門口女人堂跡をみて、たくさんの赤い鳥居の下をくぐりながら下っていくと15分ほどで大門で、その大きさに圧倒されます。大門は町石道をここまで登るか、高野山駅からなら自動車道を歩いて最初にここを訪れ、壇上伽藍、金剛峰寺を参拝して奥の院へと歩いていくと地形的な意味とその大きさが実感できると思います。

女人道左手には根本大塔が見えます。

女人道重畳たる山並みです。

女人道和泉山脈の向こうには大阪湾が薄ぼんやりと見えているはずです...

女人道高野七口の一つ大門口の女人堂跡です。町石道を辿った女性はここに籠ったのでしょうか。

女人道この鳥居をくぐれば、大門です。

女人道高野山の総門として東大寺の南大門に次ぐ大きさだといわれています。

女人道向かって左の吽形像は、運長の作

女人道向かって右の阿形像は、康意の作