天野街道

天野街道(天野山金剛寺への道)

天野街道は西高野街道と堺市岩室で分岐して「女人高野」ともいわれる天野山金剛寺へと向かう信仰の道です。大阪狭山市今熊から大野西までは、陶器山丘陵に残る自然を残し整備され、平成7年に建設省(国土交通省)の「手づくり郷土賞」を受賞、平成9年には「大阪の道99選」に選定されました。また、一部を除いてほとんどの区間が丘陵の木立の中や田園地帯で、のどかな細道の中を金剛寺まで歩けます。高台を通るので金剛山脈から和泉山脈の眺望も素晴らしいものがあります。

天野街道堺市岩室の「右 あまの山二里 左 かうや山十里」の道標。2時間少しの道のりでしょうか。

天野街道上の道標の周り。右が天野街道、左が西高野街道。

南海高野線金剛駅からは西高野街道との分岐まで約20分。西高野街道はこれから先もず〜っと家並みが続きますが、天野街道は少し行くとすぐに歩行者専用の緑道で、陶器山(標高149m)の尾根道の両側には雑木林が連なり気持ちよく歩けます。すぐ近くは住宅街となっているせいかウォーキングやジョギングの方が目につきます。

天野街道ここから歩行者専用の木立の中の小道になります。

天野街道金剛駅から天野街道までのアプローチでもこの標識に助けられ、迷わずに来ることができました。

天野街道遊歩道の入口に祭られています。天野山金剛寺への参詣路という雰囲気が漂います。

天野街道「あまの街道」の立派な標石、これからもところどころにあります。

分岐から15分ほど歩くと三都神社への分岐があり、参拝に往復しても10分ほどのものです。もどって10分も歩けば左側の展望が開け、二上山から大和葛城山、金剛山へと見渡せます。この辺り、日の出の名所でもあるようで、日の出の時間が案内された看板などもあり、近くの人の楽しみとなっているようです。

天野街道「あまの街道」は至る所にベンチや休憩所があり、ついつい座り込みたくなります。

天野街道左へ下ると三都神社、往復10分程度の近い距離です。

天野街道三都神社は狭いながらも立派な佇まい。天野街道は熊野への参詣道でもあり、熊野三山を勧請した三都神社のある地名もそれにちなんで今熊(野)となったといいます。

天野街道自然石を利用した案内図です。つい、見惚れてしまいました。

天野街道自然林の中を気持ちよく歩きます。

天野街道この奥に立派な休憩所があります。

天野街道かつては展望がよかったと思われるレストポイントですが、今は木立が生長してあまり展望はよくありません。

天野街道樹木の間から二上山が見えます。

天野街道ここからアスファルトの一般道へ出ます。

遊歩道もここまでかと思ったら、金剛寺へ7.7kmの案内板があって、再度遊歩道の始まりです。こちらは住宅が間際に迫っていたり、終点近くは工事用のフェンスがあったりで先の遊歩道に比べると見劣りはしますが、雰囲気のいい箇所もあり、展望の開ける箇所もあったりで、気持ちよく歩けるのは間違いありません。

天野街道ここからまた遊歩道が始まり、最初は左側に住宅街すれすれに道がつづきます。

天野街道気持ちいい林間のこの道は河内と和泉の境を分ける道でもあります。

天野街道ちょっと座りたくなる自然石の椅子がありました。

天野街道正面に岩湧山が見えます。今日は薄曇りで奇麗に見えませんが...

天野街道左手には大和葛城山や金剛山が望めます。

2つ目の遊歩道を出て一般道に入り、右にコンクリート工場を見るとすぐに2車線道路を車に注意しながら横断します。斜め左前に小道があるので先に進むとかつての街道の雰囲気も少しは残っている大阪狭山市大野西の集落に入り、少し坂を上ると穴地蔵が祭られています。ここは河内長野市との市境で、ここからは河内長野ののどかな田園地帯を南へと進むことになります。

天野街道街道の面影を残す町並みです。

天野街道集落越しに遥か岩湧山が見え、展望雄大です。

天野街道穴地蔵、ここから河内長野市へ入ります。穴地蔵は穴という穴すべての穴の病気に霊験あらたかということで信仰されているそうです。

天野街道河内長野市に入り、のどかな田園風景の中を進むと、三叉路に出ます。天野山金剛寺へは右へ、左へ行くと小山田から河内長野市街へ入って高野街道に合流します。

天野街道ここの道標には「右:あまの、左:かうや」とあります。

天野街道車も通る道で漫然と歩いていると後ろから車が来たりして驚かされます。農業用には幹線道路みたいです。

天野街道日本の風景の原点の一つというような風景が広がります。

天野街道広い道に入りると右手にみかん畑があります。

天野街道左手に下里総合運動場を見て青賀原神社へと入ります。青賀原神社にはトイレもベンチもありますので小休止にはもってこいの場所です。

天野街道青賀原神社。『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「祭神は丹生大明神、高野大明神、久爾津神、稲荷大明神と伝えられており、この丹生大明神は、延暦3年(784年)、紀州かつらぎ(現在の和歌山県かつらぎ町)天野の里より奉還安置され、月読之尊と同一神と伝えられている」とあります。天野の里との因縁に興味深いものがあります。

青賀原神社からは天野町の集落を抜け、田園風景の中を30分ほどで天野山金剛寺へ到着します。西高野街道との分岐から約2時間20分。境内は飲食禁止なので、適当な場所を見つけるか車道を挟んだ向かい側にある長野公園の緑陰のベンチでお弁当という選択肢もあります。

天野街道天野町の街道沿いもまた旧道の雰囲気が残っています。

天野街道左手に金剛寺が見えてきました。

天野街道楼門に至るまでの白壁とその横を流れる清流に心を癒されます。

天野街道

天野街道立派な天野山金剛寺楼門です。金剛寺は南北朝時代には南朝方の行在所となったことで知られますが、真言宗御室派の大本山で、高野山が女人禁制だったのに対して「女人高野」とも呼ばれていました。

第七番札所 天野山 金剛寺 / 新西国霊場-新しい巡礼の旅

天野街道天野山金剛寺境内は広く、市民の憩いの場ともなっています。

天野街道は金剛寺からは和泉山脈を越え高野山、熊野を目指す参詣道としても賑わいをみせたようで、金剛寺から滝畑を経て蔵王峠を越すと妙寺に達します。妙寺からは三谷坂(勅使坂)から天野の里丹生都比売神社を目指し町石道に入るのが最短ですが、慈尊院まで回り町石道を辿る選択肢もあるようです。金剛寺はまた西国巡礼道として西国三十三ヶ所の施福寺から葛井寺の間にあり、河内長野へは旧国道170号線に沿って西国巡礼道を1時間あまり歩くと河内長野駅前で高野街道に合流することになります。

天野山金剛寺の桜

天野山金剛寺の桜2009年4月8日

天野山金剛寺の桜

天野山金剛寺の桜

天野山金剛寺の桜

天野山金剛寺の桜