高野山への参詣道・麻生津(おうづ)道

2009-03-07

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麻生津(おうづ)道は紀の川沿いに和歌山と大和を結ぶ「大和街道」の名手宿にある高野辻から分かれ麻生津峠を越え、矢立にて町石道に合流して高野山へと通じる参詣道である。現在のように出発地点を自由に選べるならば、慈尊院からの町石道が雰囲気といい歩きやすさといい高野山への参詣道としては群を抜いているが、すべてを脚に頼る時代にはさまざまなルートが高野山へ辿る道として開拓されたのだろう。さて、かつての麻生津道の雰囲気のカケラでも感じられるかとJR和歌山線・名手駅を起点に高野山を目指してみた。

JR和歌山線・名手駅を10時に出発(左)、麻生津橋は車道は狭いが、歩道が分離されているので安心(右)

JR橋本駅を過ぎると南側には雨引山展望台へ向かう町石道とその遠く向こうには高野の山並みが車窓から見渡せる。その山並みから遠ざかり紀ノ川を眼前に望むようになると名手駅に到着だ。跨線橋を渡り改札を出て東に向かい突き当たりを右折して国道24号線を越え、真っすぐに行くと麻生津橋で紀ノ川を渡る。ここで弁当を忘れたことに気が付いても慌てるには及ばない。24号線を渡った右角にはセブンイレブンがあって忘れ物はここで揃えることができる。

第一の地蔵と自然石の道標(左)、「右高野山 大門五里」(右)

麻生津橋を越え最初の辻を左に曲り麻生津郵便局の前を道なりに進むと県道13号線に出る。その角の右側手前に六地蔵の第一地蔵が祭られており、これから先町石道と合流する矢立の第六の地蔵「砂捏地蔵」まで旅人を案内してくれる。西高野街道(京・大坂道)でも同じように六地蔵が案内してくれたが、これは心強いし励みにもなる。ところでおもしろいことに、この辺りでは京・大坂道のことを「東高野街道」と呼び、この麻生津街道を「西高野街道」と称していたらしい。六地蔵といい街道名といい、かつては高野山への参詣道として賑わったのだろう。

石垣で傾斜のきつい道筋であるのがよく分かる(左)、将棋駒の形をした「将棋石」(右)

県道13号線を横断して道なりに進むと正面に「右高野山」と書かれた道標に出会う。大門まで五里とあるので町石道とほぼ同じ距離だったのだろうと思われる。これから先、旧街道の雰囲気の漂う道がつづくが、分岐する道が多く紛らわしい。しかし、第一の地蔵からは次の見所を示す案内表示板が要所、要所にあって、その指示に従って先へ先へと進むと麻生津峠まで導いてくれる。「将棋石」「かじやの辻」「六地蔵(第二の地蔵)」「横谷」と自然と歩が進む。

「かじやの辻」には自然石の道標が置かれている(左)、「六地蔵(第二の地蔵)」(右)

「六地蔵(第二の地蔵)」の前につづく道(左)、「横谷」には「高野山へ四里半」と書かれた自然石の道標(右)

さらに高度を上げ「しだれ桜」を過ぎ、奥へと進むと「堂前の地蔵」があって、ここにはベンチとトイレがあり、振り返っての眺望も素晴らしく、紀ノ川の向こうには和泉山脈が、左手奥には大阪湾から淡路島まで見渡せるので、小休止するには恰好の場所だろう。ここまで名手駅から45分。

登りのきついいい雰囲気の道を行くと「堂前の地蔵」にはベンチとトイレ(左)、「堂前の地蔵」前からは淡路島まで見渡せる(右)

「堂前の地蔵」から集落を抜けると坂道もさらにきつくなり、振り返るごとに高度を上げていくのが実感できる。「ハイタ地蔵」を過ぎ、ミカン畑や柿畑の中を行くが、妙寺からの三谷坂(勅使坂)への道と雰囲気は似ている。こちらのほうが登りはきつく感じたが、先の辛さはもう忘れているからかも知れない。

登りはきついが、振り返ると素晴らしい展望が(左)、「ハイタ地蔵」(右)

道路工事中で通行止めの柵の脇を通り抜け(もちろん歩行者は通ってもいい)、次の集落に入ると「大師の井戸」があって、ここから麻生津峠までの登りはまさに展望の道でもある。歩いた後の感想としては、この道を高野山まで辿るのは、おもしろくはない。しかし、麻生津峠までの往復ならば途中の見所もあり、標識も完備されているので、この眼下に広がる雄大な展望を楽しむ気持ちのいいワンデイハイクとなることだろう。さて、麻生津峠からは樹木が邪魔をして展望は効かない。広場になった片隅には弘法大師の作と言われる石造りの「十一面観音像」が安置されており、その対面には「六地蔵(第三の地蔵)」が祭られている。麻生津峠の標高は520mで名手は30mなので標高差は490m。登り詰めなので、ちょっとした山登りだ。

「大師の井戸」(右)

峠道からは飯盛山に復元された飯盛城の天守閣が目を引く

麻生津峠の手前から。麻生津峠からは展望が効かない

「十一面観音像」が安置されている祠(左)、その対面にある「六地蔵(第三の地蔵)」(右)

ここで時間は11時30分。麻生津峠でお昼ご飯と思っていたが、展望もなく、民家もあり落ち着ける雰囲気ではないので先に進む。右の急坂を上がれば飯盛山荘とあって峠道から見えた飯盛城へとつづいているようだ。高野山へは直進すると平坦な植林の中の道がつづいている。この薄暗い道を進むと分岐があって、右には神路原神社、ホテル飯盛山荘の標識がある。城のことは何も書かれていない。左へと進むと右方向が開けて柿畑が広がり高野の山並みであろうか見渡せて、まだまだ遥かな道のりのようだ。少し平らで眺望のいい所があったので柿畑の中へ少しだけお邪魔して場所借りしてシートを広げさせてもらった。陽当たりもよく眺望もよくのどかなランチタイムを楽しんだが、ふと地面を見るとたくさんのツクシが顔を出している。やはり今年は暖冬なのだろう。畑の中なので農薬が散布されていると怖いので摘まなかったが、あのホロ苦い味は一年に一度は味わってみたいものだ。

ここから高野山への案内はほとんどない(左)、左へと進むとすぐに明るくなって柿畑が広がり眺望が開ける(右)

この景色を見ながらランチタイム

腰を降ろした地面には辺り一面にツクシが顔を出していた

食事中に12時のサイレンを聞いて、20分ほどの休憩で出発。ここを下ると県道4号線に出る。出た辺りから日高峠に向かっての旧道があるということで探してみたが見つからなかったので、林道を歩くことにして、南へ下っていく。休憩場所から見えたログハウスの別荘地を左に見て、少し下れば「日高」の標識があって左へと登る舗装路があるので、そこへ入っていく。少しの登りを過ぎると平坦な道になって柿畑の中に民家も点在しており、右手の展望も素晴らしい。串柿の里・四郷に似た雰囲気だ。このまま日高峠の「六地蔵(第四の地蔵)」まで行き着けると思っていたら、突き当たって(直進は民家)、右へ下る道と左へ上る道に分かれる。家内を待たせて状況視察に左へ上がればまた左右に道が分かれている。ちょうど野焼きしているオバさんがいたので道を訪ねると、行き詰まった地点からだと左に上がりすぐの分岐を右に行くとすぐにお地蔵さんがあるという。右に下ると鞆渕に出るらしい。ここからすぐ、この林道と地道の旧道の交差する所に第四の地蔵はあったが、県道4号線からの旧道の案内板がほしいところだ。この先国道歩きが多く高野山へ向かう麻生津道としては魅力もなくなってしまったので歩く人も少ないのだろう。

左に入っていくと日高への林道(左)、少しの登り(右)

高野の山並みがだんだんと近付いてくる

第四の地蔵手前の梅林は今が盛り

「六地蔵(第四の地蔵)」ちょうど13時(左)、第四の地蔵前には旧道が通っている。この道を来たかったのだが…(右)

第四の地蔵から先に見える墓地のところで道は左右に分かれる。旧道は右なのだが先に道を尋ねたオバさんは左の道を強く進めてくれたので、忠告に従うことにした。林道を下っていくと最初に右から合流してくる道はそのまま民家へとつづくので次ぎに右から合流してくる道にUターンするように入っていくと15分ほどで国道480号線に出る。交通量の多い往復2車線の広い道だ。南へ少し行くと市峠で、美嶋温泉というのがあって旅館もあったりする。

第四の地蔵から数十m先の分岐。右が旧道だが左の舗装路を行った(左)、分岐から15ほどの下りで、国道480号線に出る(右)

ここからしばらくは詰まらない広い国道歩きとなってバイパス工事なども盛んに行われている。どこかで一休みしたいと思い、志賀小学校の横から丹生高野明神社へと向かう。丹生都比売神社と同じように4つの神殿が祭られるこじんまりとした落ち着いた雰囲気の佇まいで、トイレもあってゆっくりとすることができた。14時前にここを出て次に目指すのは梨の木峠の「六地蔵(第五の地蔵)」。志賀高野山トンネルの手前を左に、そしてすぐに右に入ると急坂がつづく。梨の木峠:14時40分。第五の地蔵は峠の手前にあったようで急坂に喘いでいるうちに見逃してしまったようだ。引き返す気にはならず、花坂に向かって下る。この下り道の周りの雰囲気は良くない。花坂に15時5分。ここから矢立までも旧道が残っているようなのだが、もうかなり疲れていたので探す気にならずに国道370号線を左に矢立を目指す。15分ほど登ると見慣れた風景が飛び込んできて、矢立:15時20分。

交通量の多い国道歩きは疲れる。この先で志賀の集落に入る(左)、丹生高野明神社(右)

梨の木峠へはここで左折(左)、梨の木峠。「六地蔵(第五の地蔵)」は峠の手前にあったようだ(右)

花坂で国道370号線に戻る。花坂名物「焼き餅」を売る店が多い(左)、花坂から15分の登りで矢立に到着(右)

慈尊院から町石道を辿っているともう大門まで着いているほど歩いたのと、思ったよりも時間がかかりこのまま大門に向かうと17時は過ぎてしまうだろうということで、紀伊細川から帰ることに家内の鶴の一声があった。紀伊細川駅の列車時刻を見ると16時5分の後は16時52分まで無い。逡巡していたのであと43分だ。とにかく急ごう。第六の地蔵「砂捏地蔵」は二度ほどお参りしているので今回は失礼させて頂くとしても、矢立茶屋での焼き餅は今回こそ食べてみようと楽しみにしていたので、これが一番残念であった。

不動谷川を渡ると右へ上る急坂が紀伊細川駅までつづく(左)、紀伊細川駅(右)

走るように下り、脇目も振らずに歩いて不動谷川を渡り最後の登りを気力を振り絞って駅にたどり着くと、まだ10分の余裕がある。トイレを済まし、着替えてお茶を一服するほどの時間があった。こうなると、焼き餅を買って帰るべきだったか。

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