高野山町石道へは、丹生都比売神社まで三谷坂道

2008-12-16

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三谷坂道というのは勅使坂とも呼ばれ、高野山参詣道の町石道まで丹生都比売神社を経て二ツ鳥居で合流する三谷坂越えの古道である。町石道が泥濘化するのに対しこちらは急峻な山道であるが水はけはよく、少しは近道でもあり、また町石道からは丹生都比売神社へはわざわざ迂回しなければならないこともあってか、かつては丹生都比売神社の神主や勅使が通る道として整備されよく利用されていたようだ。かつらぎ町では最近「平成の町石道」としてこの三谷坂を整備し案内板も各所に設置されている。今日はJR妙寺駅を起点に三谷坂を天野の里まで歩き丹生都比売神社に参拝して二ツ鳥居で町石道に合して慈尊院まで下り、九度山駅から帰る予定である。

JR妙寺駅。今回は駅のホームページを参考にさせていただいた(左)、駅前から正面、突き当たりがかつらぎ公園(右)

橋本駅でJR和歌山線に乗り換え、久しぶりにのどかなローカル線を楽しみ妙寺駅に降り立ち、用を済まして9時10分に歩き出す。快晴である。駅前から正面に延びる道を突き当たるとかつらぎ公園。左に曲がって公園に沿ってしばらく歩くと平和記念碑があってその角を右に曲がって堤防に突き当たる。紀ノ川堤防を東に、三谷橋で紀ノ川を越える。橋を越えて直進して突き当たりの広い道を右に取ると、丹生酒殿神社の案内板に従って左折。正面が丹生酒殿神社で、手前を右に行くとすぐに天野大社(丹生都比売神社)参道の道標があるので左に入る。ここから左に渓流を見ながらの坂道となる。

紀ノ川の土手を三谷橋に向かって東進する(左)、三谷橋。さすがに紀ノ川を越えるだけあって、長い!(右)

丹生酒殿神社への参道(左)、天野大社(丹生都比売神社)への道標(右)

次いでだから丹生酒殿神社にも参拝。神社の裏には鎌八幡宮が祭られご神体のイチイの木にはたくさんの鎌が打ち付けられており、一見してみるのもおもしろい。妙寺駅からここまで30分。

丹生酒殿神社(左)、鎌八幡宮。木に打ち付けられた鎌が異様というか、ユーモラスというか(右)

天野大社参道の道標からは舗装された急な坂道を上る。民家が途切れても、柿・みかんの畑が連なり、しばらくは農道として使われている道を行く。振り返ると和泉山系が正面に見え、高度を上げるごとに展望が素晴らしいものとなる。15分ほど急坂を歩き細尾根に登り詰めると、みかん畑が広がり、遠くに金剛山も眺められる。この辺りの眺望は素晴らしい。

雰囲気のいい山村の中を行く(左)、少し登って振り返ると、南葛城山(右)

みかん畑や柿畑の中の道(左)、細尾根に登り切ると少しは平坦な道になる。前方の白いものは野焼きの煙(右)

谷を挟んだ向こうの村。高い!(左)、振り返れば金剛山とその南尾根も見える(右)

さらに少し行けば弘法大師の笠が雨引山から飛んできて引っかかったというユーモラスな恰好の笠石。その笠石から少し進んだ分岐を右に取ると果樹園とも分かれ、少し細くなった急坂に変わる。濡れている時に下りは歩きたくない道で、まだ霜も残っているので足下注意で慎重に登る。この辺りまで来ると人もあまり通らないらしく少し荒れた感じがするのと、ずっと舗装が続くので苦しい所でもあるが、途中展望の開けた所があり和泉山系や紀ノ川が奇麗に見えるのが嬉しい。

笠石。写真で見るよりは小さい(左)、笠石を過ぎて分岐を右に取ると道は細くなり、険しくなる(右)

高度を上げるごとに眺望がよくなる(左)、先ほど渡った三谷橋(右)

昼なお暗い鬱蒼とした杉の植林帯に入ってもなお舗装路は続き坂もさらに勾配を増す。長い舗装路が途切れ地道になって最近整備されたと思われる木の階段が始まってホッとすると、天野大社への道標から50分ほどで頬切地蔵への案内板。誘われて入ってみるとすぐのところに大日・阿弥陀・釈迦の三如来が小さな岩に彫り込まれて祭られている。元の登山道に戻って少し登ると的当(まっとう)岩。かつてこの辺りが自然林であった頃、麓からもよく見え目印になったとか。今は杉の植林に覆い尽くされてその謂われは意味をなさない。

鬱蒼たる杉林の中、舗装路を登る。木漏れ日が優しい(左)、やっと舗装路から解放されて地道になる。木製の階段は真新しい(右)

すぐに頬切地蔵への案内板(左)、お供えの榊で顔の表情が撮れなかったので、全景(右)

頬切地蔵への分岐から10分あまりで車道に出る。笠松峠とある。ここを天野方向に数十m歩けば右側に山道に入る道標がある。踏み跡の不鮮明な道を真っすぐに入って少し登るとすぐに突き当たり、左に行くとここからはしっかりとした道が天野の里まで続いている。ここの道標には右:三谷坂とあるので車道に出なくても途中からここに合流できたのかもしれない。

車道に出る(左)、すぐに右の山道に入る案内板(右)

笠松峠から自然林の中を快適に下ると20分足らずで視界が開け天野の里が見えると、もう里の中だ。直進して車道に出て、丹生都比売神社の方向を探ると左手に何かの案内板。近付くと「貧女の一燈お照の墓」とある。とにかく行ってみる。高野山奥の院にあるという「貧女の一燈」はお照という乙女が黒髪を売って養父母の菩提のために献じた燈籠で、お照はその後、天野で終生を過ごしたと伝えられている。入り組んだ細道を130mほど歩くが元の道に引き返すのも面倒なので途中の分岐から村の道に降りる。適当に歩いていると丹生都比売神社の表参道に出た。狭い里の中、迷ってみるのも一興だろう。

山道はすぐに終わり、天野の里に出る(左)、正面の山の山腹を町石道が高野山へと延びている(右)

車道沿いにある「貧女の一燈・お照の墓」への道標(左)、丹生都比売神社への表参道。すぐ右手に鳥居(右)

丹生都比売神社は高野山にとって所縁の深い(弘法大師は、高野山開山にあたり丹生都比売大神から社地を借受けたという)神社で、町石道にある二ツ鳥居は丹生都比売神社境内の入口で、まず丹生都比売神社に参拝した後に高野山に登るのが慣習であったらしい。本殿は四殿あり、丹生明神、狩場明神、気比明神、厳島明神が祭られ、高野山開山1200年前を500年も遡る1700年前に創建されたと伝えられる全国の丹生神社の総本社である。この辺りでのんびりしていたり参拝しているとお昼近くになったので神社の向かいにある直売所「ようよって」のベンチを借りて持参のおにぎりとコーヒーで一服。晴天のもとのどかな里の中での休憩は心が和む。

丹生都比売神社

お腹も満足した所で二ツ鳥居へと向かうが、天野の里には平家物語に関係した遺跡がたくさん残っている。道沿い右手には「有王丸の墓」。鬼界ヶ島に流された俊寛僧都を慕って鬼界ヶ島に行くものの俊寛は赦免されず虚しく帰ってきたが、その後遺骨を高野山に納め、天野の里で菩提を弔って余生を過ごしたという。その他枚挙に暇はないが、「西行堂」に惹かれて少し寄り道。この「西行堂」は高野山に居る西行の後を追ってその妻と娘が天野の里で住まいとした庵だそうだ。元のルートに戻って二ツ鳥居への八丁坂に取りかかったのは12時10分。舗装の急坂はすぐに終わり、地道の急坂となる。

西行堂(左)、二ツ鳥居への八丁坂(右)

イノシシの荒らした急坂を20分、二ツ鳥居だ。2週間少し前に来たばかりで新鮮さは薄れたが、ここの展望休憩所から見る天野の里はその時に比べると、実際に歩いてきたためかさらに実感としてた感慨深いものがある。ここでも小休止。今日は寄り道、休憩と、のんびりムード。初めて町石道を大門に向かった時は時間配分が分からず、慌ただしく歩いてしまったが、その反省もあってこれからはゆとり歩行に切り替えようとしている。ここから古峠までは緩い下りで落ち葉が足下で気持ちいいが、泥道も多い。前回はもっと酷い泥道だったが、このためもあって三谷坂道も好んで利用されたのだろうか。古峠から六本杉へはほぼ平坦な道からやや下りとなって、途中天野の里も垣間見えたりしての美しい道が続く。六本杉:13時。

二ツ鳥居(左)、二ツ鳥居横にある展望休憩所(右)

古峠。上古沢駅へは急坂を下る。天野の里へと下る道もある(左)、六本杉。丹生都比売神社まで15分の下り(右)

六本杉からは石の階段を下る。この先石や岩が多く落ち葉に隠れているので滑り易くなっている。1里石と144町石が並び立つあたりは荘厳な雰囲気の杉林の中の中で、平坦な道が149町石辺りまでつづき、149町石を過ぎると雑木林の木の間からは和泉山系や紀ノ川が望めるようになる。下るに連れ、素晴らしい展望が開け、この区間は精魂を使って登りに専念していたのでは眺望を楽しむ余裕がなく、慈尊院に向かうのが素晴らしい道だ。金剛山とその南尾根も手に取るようだし、楊柳山(1008.5m)、転軸山から弁天岳(984.5m)に連なる高野の山並みも指呼の間である。高見山や雪をかぶった大峰の山も遠くに望まれる。

六本杉からはすぐに石の階段を下る(左)、1里石と144町石が並び立つ(右)

視界が開けて最初に飛び込んできた風景

金剛山と南尾根(左)、朝に渡った三谷橋(右)

どっしりとした南葛城山(左)、雪をかぶった大峰の山(右)

一番高い山が楊柳山。高野の山並みがよく望める

町石との景観抜群の163町石を過ぎ雨引山山腹の展望台に着いたのは14時30分。ここで残りのおにぎりとコーヒーで小休止。20分ほど眺望に見とれてしまった。

163町石

展望台(左)、展望台から紀ノ川と一番高い山は国城山(右)

左が楊柳山(奥の院辺り)で右が弁天岳(大門辺り)。かなり広い(左)、秀麗な山容の高見山(右)

展望台からは急坂を下るが左手は切り立った崖で高度感はかなりのものだ。カーブの曲り具合では高野の山並みが正面に見える時もあり、遥かな道のりを思いやって感慨もひとしおの区間である。丹生官省符神社に15時20分。慈尊院から丹生官省符神社に上る階段の途中にある180町石をしっかりと確認して、慈尊院を後にしようと時計を見れば15時30分。九度山駅の時刻表を確認すると、15時50分の後は16時28分、微妙な時間であるが38分もムダにするのは惜しいので急ぎ足に駅に向かう。本日初めてのせかせかモードに突入。その甲斐あって九度山駅に15時45分。余裕で間に合った。

この高度感はスゴイ! 写真を撮るのに腰が引けている(左)、還りの道中、正面に見える高野の山並みを目にして・・・(右)

こうして見てみると町石は、大きい!(180町石 - 中央右手 - )

180町石

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