暑〜い西高野街道(堺・大小路から河内長野・石仏)

2008-08-31

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河内長野は堺市大小路を起点とした西高野街道が大阪市平野から発した中高野街道と、また、京から枚方、四条畷、八尾、富田林と続く東高野街道が合し高野街道となって橋本へ、橋本からは町石道、京・大阪道と分かれて高野山へと続く要衝の地であった。当時の面影を残す街道筋も色濃く残り、一度は堺から高野山まで歩いてみたいと思っていた。

金剛山と岩湧山の谷間の紀見峠が目指す方向(左上)、葛城山から金剛山の稜線(左下)、堺市役所、21階展望ロビーは無料開放

最近の涼しさに期待して出かけてみたが・・・今日は、暑かった。特に午前中はカンカンの太陽に照りつけられ、木陰とてない舗装路歩きはうんざりで、こんなことなら近くの山にでも行けばよかったという後悔は先に立たず。とにかく、歩くしかない。まずは、堺市役所の21階展望ロビーに登り、これからの道のりを俯瞰。見通しもよく360度の展望と居心地のよさになかなかこの場所から離れられない。

大小路歩道橋(左)、大小路歩道橋下の北東隅にある道標(右)

堺市役所から西へ少し歩けばエレベーターまで付いている立派な大小路歩道橋がある。ここが西高野街道の起点といわれているようだ。9時30分に出発。日も差してきて暑い1日になる予感の中を南海高野線堺東駅へ向かう。ここからは案内図片手に歩かなければ道迷いする事は必至。今回参考にさせてもらったのは、「街道ウォーキングマップ」からダウンロードしてプリントアウトした地図と、「橋本市観光協会」でいただいた「西高野街道の里道標石をたずねて」というB6・カラー刷り36ページの冊子。特に後者はとても素晴らしいイラスト入りで今回も大変お世話になった。

踏切を越える手前に宝篋印塔、信仰への道である(左)、竹内街道と西高野街道の分岐の道標。この近くに「十三里石」がある(右)

「西高野街道の里道標石をたずねて」の地図を頼りに南海高野線の踏切を越えれば、街道の面影も少しは残る町並みになり、榎歩道橋までは間違いのない道。途中竹内街道と西高野街道の分岐の道標に気を取られ、女人堂までの里程を示す「十三里石」を見逃してしまった。ここまで20分弱の道のり。榎歩道橋上から周囲を見渡し国道310号線に向かって橋を降りる。ここからは仁徳天皇陵に沿って少し国道沿いを歩くが歩道スペースは充分にある。「十三里石」から20分弱、「梅北」交差点で国道から左に分かれ、旧道に入る。「街道ウォーキングマップ」ではもっと手前から国道から分かれるようになっているが、「梅北」交差点まで進むのが分かりやすいと思う。

榎歩道橋(左)、至る所に「西高野街道」の道標、平成四,五年頃のもの(右)

「梅北」交差点を左折すると古い町並みが残る雰囲気のいい道に入る。中百舌鳥駅の近くを通り過ぎしばらく歩くと再び国道に合流する。正面は大阪府立大学で、右にテニスコートのある次の信号で国道と分かれ正面に鉄塔を見る。鉄塔の手前を右に折れれば、休憩予定地の白鷺公園(東部公園)まではあとわずか。10時30分:白鷺公園着。大小路からちょうど1時間、ここで菓子パンを食べて10分の小休止。ここから先、街道沿いには公衆トイレはないので、しっかりと用を足しておく。ま、少し脇道へ入れば、スーパー、コンビニが至る所にあるのでトイレ、飲み物、食料の心配は要らない。

昔の面影を残す町並み(左)、白鷺公園で小休止(右)

白鷺公園からは泉北高速のガード下を越え10分少し歩くと左手に「十二里石」がある。この辺りは街道の面影が色濃く残る町並みで、楽しく歩ける。それにしてもお日様をまともに受け身体を隠す陰一つないのは辛い。11時を過ぎてお腹も減ってきた。どこか休憩できるところはないかと物色していたら右手に小さな公園を見つけたのでここで持参のおにぎりを1個頬張る。木陰に座るととても気持ちいい。

昔の面影を残す関茶宿の町並み(左)、「十二里石」(右)

右の道を行く - 右:高野・大峰、左:滝谷・金剛山 - (左)、小公園で昼食休憩(右)

しばらく休もうと思っていたが、食べるものを食べてしまうと手持ち無沙汰で落ち着かない。片隅にあった水道にタオルを浸し軽く絞って首筋に当てると生き返った気分になるが、それも束の間。10分ほどの休憩で再び歩き出す。ぶらぶらキョロキョロの街道歩き。突然右手の視界が広がり家並みが途切れ一面の畑が広がる。金剛・岩湧はまだまだ遥か遠くだが、久しぶりの開放感だ。かつては田園の中に点在していた集落も今ではほとんど空き地がなくなり繋がってしまったのだろう。

街道らしい雰囲気が漂う(左)、広がる田園風景に癒されるが、暑い!(右)

小公園を出て歩く事25分、「十一里石」に到着だ。ここまで大小路から2時間半弱、約14000歩。あと5分で正午だ。

「十一里石」

「十一里石」を過ぎるとすぐに岩室歩道橋を越える。地図では歩道橋を渡って少し北に向かうようになっているが降りてそのまま直進すればいい。すぐに天野街道との分岐の道標が見える。右へ行くと天野街道で、女人高野金剛寺へは約2時間という。西高野街道は左へ行く。

岩室歩道橋から真っすぐに続く西高野街道(左)、西高野街道と天野街道との分岐(右)

おわり坂の下り道は展望が開けてかつては大和葛城山・金剛山から岩湧山までがパノラマのように望めたものと思うが、今は人工物に遮られ風情はない。これから越える紀見峠を望み旅人は何を感じたのだろうか。ここからは本来なら下り切ったところにある歩道橋を越え三津屋川にかかる橋を渡るのだが、小用を催し脱線。狭山市立図書館に向かって隣の公民館のトイレを借り、少し疲れたので前のベンチで5分ほど小休止。

岩湧山(左)、大和葛城山・金剛山(右)

公民館から元の道に戻って三津屋川を渡り、すぐに川沿いの道から離れ左の細い道に入る。ここで本日初めての木陰に覆われた道・・・嬉しい! 三津屋地蔵を右に見て雰囲気のいい街道筋を歩いていくと、住宅地の左手一角に「十里石」がぽつんと置かれている。里石建立の発起人の出身地にしてはちょっと寂しい気もする。ここで12時50分、歩数計はあとわずかで2万歩になる。

三津屋地蔵(左)、「十里石」(右)

「十里石」を過ぎ、坂を下った四つ辻を右に曲り次の信号を直進して天野橋を渡れば、やっと河内長野市に入る。この辺りから雲が太陽を覆い出し強い日差しから身を守ってくれるようになった。やはり、地元はいい(!?) 道なりに登っていくと左手に立派な常夜灯があり、その少し先の分岐は右の坂道へ取る。しばらく歩くと、左から道が合流してくるのが大阪市平野から発した中高野街道だ。

天野橋を越えると、河内長野市(左)、左から中高野街道が合流し、振り返ってみたところ。右:中高野街道、左が西高野街道(右)

中高野街道との合流点を過ぎるとまた分岐点があるので、ここは左へと下っていく。途中からは金剛山が奇麗に見える。ここで、持参の飲料(500mlペットボトルのお茶2本、スポーツドリンク2本、水筒に入れたアイスコーヒー)をすべて飲み切ってしまい、調達と休憩を兼ねて千代田の2軒並んだスーパーに入る。お茶とスポーツドリンクを買って200円、自販機で買えば300円、ケチ臭い話で恐縮だが、スーパーだと更に氷が手に入る。これをタオルに巻いて首筋を冷やすと気持ちいい事この上ない。

ここは左へと下っていく(左)、金剛山(右)

スーパーの冷気の中を漂う事5分あまり、本線に戻って歩行再開。平安時代の陰陽道天文博士だったという安倍晴明の経典を埋めた場所だと伝えられている晴明塚を過ぎれば緩やかな下りとなって、正面に紀見峠が見える。かなり近付いてきた感じだ。ここでお腹も空いてきたので国道170号線の高架下をくぐり抜けた辺りの畦道に腰掛けておにぎり1個を補給。厚い雲に覆われて木陰を探すまでもない。ここで10分ほど休憩して国道310号線を越え寺本記念病院を左に見て直進すれば、古野町行者堂に「九里石」が建っている。「九里石」へは「街道ウォーキングマップ」では違う道筋(これが本来の道のようだが)を指示されているが「西高野街道の里道標石をたずねて」に従うのがいいように思う。「九里石」14時、歩数計は25000歩近い。

晴明塚(左)、正面に紀見峠が見え、爽快(右)

原町、この辺りが東高野街道との合流点の一つ(左)、行者堂と「九里石」(右)

「九里石」からは長野商店街へと向かい、アーケードを越えた長野駅前には高野街道の標柱が建っている。この辺りで東高野街道と合した西高野街道は高野街道となって高野山へとつづく。今まで並行してきた国道310号線もここからは奈良県五条へと通じ、これからは国道371号線に沿って歩く事になる。今日の予定はここまてで、ここからは電車に乗って帰るつもりだったが、まだ14時を少し回ったところなので石仏まで歩こう。そのまま家まで歩けば交通費の節約にもなるし、次回の歩き始める場所も好都合というものだ。

長野商店街のアーケードを越えると河内長野駅前(左)、長野駅前の高野街道の標柱(右)

国道310号線と別れ、大楠・大銀杏が聳える長野神社の土塀に沿って、うっかりすると直進しそうな道を川の手前で右に曲がって、天野酒で有名な西條酒造の雰囲気一杯の建物の前を通り、左折して川を渡って少し急な坂を上る。上り切って交通量の多い国道371号線を注意して横切れば、烏帽子形公園の緑に沿う展望のいい道筋となる。金剛山や岩湧山の山並みに心癒される静かな道だ。

長野神社(左)、旧街道の雰囲気漂う道筋(右)

金剛山(左)、岩湧山(右)

烏帽子形公園に沿って右手に烏帽子形八幡神社を拝し、道なりに進むと国道371号線を歩道橋で越える。この辺りからは根古峰のなだらかな山容や旗尾岳(天見富士)の秀麗な山容が望まれる。歩道橋を越え突き当たりを右に取ると、この道中のハイライト、最も旧街道の名残を残す三日市町の宿場町だ。

烏帽子形八幡神社(左)、旗尾岳(天見富士)の秀麗な山容(右)

三日市町宿

さすがにここまで来ると疲れたので、三日市町駅前にあるスーパー脇のベンチに腰掛けて10分足らずの休憩。千代田でゲットした氷も溶けてしまったので、ここでは何も買わずに氷だけいただくことに。真っすぐに帰れば家まで20分足らずだが、石仏経由ではあと40分はかかるだろうか。日が陰っているのが何よりの救いだ。

三日市町駅前(左)、「八里石」(右)

三日市町駅から線路沿いに真っすぐに延びた街道を南に、新高野橋北詰めに「八里石」が建つ。立派な標石であり、力強い。さらに進めば、国道371号線に突き当たり、しばらくは国道沿いに歩く。途中から歩道が切れ、車の脅威にさらされるが少しの辛抱で、石仏の集落へと繋がる道に入り陸橋を越えた辺りからは岩湧山の勇姿が望まれる。

陸橋からこれから進む方向を見渡す(左)、遮るもののない中に岩湧山が大きく迫ってくる(右)

のどかな山村風景を感じさせてくれる石仏集落を上り下りすれば、国道371号線の石仏交差点。街道はここから371号線を歩む事になるが、途中、歩道のない箇所も多くあり、大型車も頻繁に往来するので大変危険。ここは迂回路を取って少し引き戻り南海高野線・美加の台駅を過ぎて住宅街に向かい、渡り切った橋の北詰から下の遊歩道に降りて天見・出合の辻までのんびりと歩くのがおすすめコース。

石仏の街道沿い(左)、石仏交差点。街道は右の車道へと繋がる。が、歩道がかなりの区間、未整備(右)

さて、本日の行程はここまでとして、あと10分と少し歩いて自宅に戻ろうとしよう。次回は美加の台駅下の遊歩道から橋本駅まで進む予定。石仏交差点:15時丁度。堺市大小路を出発して5時間30分、歩数は3万歩あまり。暑い暑い1日だった。

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